聖書 (雑学3分間ビジュアル図解シリーズ)

聖書 (雑学3分間ビジュアル図解シリーズ)聖書 (雑学3分間ビジュアル図解シリーズ)
(2005/09)
山我 哲雄

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なんだか久しぶりに新しい本、読んだなぁ。

雑学3分間ビジュアル図解シリーズです。
難しい内容も、絵を使った解説でよく分かります。

『聖書』
僕自身は、キリスト教徒では無いので、生活には縁が無いのですが、
世界に目を向けたときには、その影響力ははかりしれません。
海外だと宗教ってものすごい重要な事だし。

そう思って、学部の時に宗教関係の授業をとって、
史実的なイエス・キリストのことを
ガリラヤでの布教から十字架にかけられるまでを
BBCの作った番組を見て学んだっけ。

この本には、それ以外にも、
聖書とはいったい何なのか?といったことや、
新約聖書と旧約聖書との違いや、
ユダヤ教とキリスト教の関係なども分かりやすく載ってます。
入門書だから、専門家が見れば間違っている事も多いのかもしれないけど、
聖書に興味があるなら読んでみることをおすすめします。


そういえば、この前キリスト教の勧誘を受けたなぁ。
『私は神道です!』って言っても
「日本には神道の方多いですよねぇ」ってしつこかった…><

日本で一番多いのは無宗教じゃないのかな?


エミール(上)

エミール〈上〉 (岩波文庫)エミール〈上〉 (岩波文庫)
(1962/01)
ルソー

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――万物をつくる者の手をはなれるときすべてはよいものであるが、
   人間の手にうつるとすべてが悪くなる。


公民では『社会契約論』でおなじみ(?)のルソーさんの著書『エミール』です。

ルソーの最大の功績は『子どもの発見』であると言われています。
それまでは、『子ども』というのは『大人』と全く同じであると考えられていました。
今では当たり前になった『子ども』という概念ですが、
ルソーによって初めて『子ども』が、広く世間に広められていく事になるのです。

ああ、それにしても、
子どものままでいられたらなぁ…(><)

出口のない海

出口のない海 (講談社文庫)出口のない海 (講談社文庫)
(2006/07/12)
横山 秀夫

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出口のない海…これは映画にもなった作品です。
先に映画を見ていたから、話の内容はほとんど分かっていたけど、
活字で読んでみると、またそれは良かったりします。
細かいところが、かなり違うし。


太平洋戦争末期に、日本海軍が作った人間魚雷

      『回天』

1.5tもの炸薬を搭載し、搭乗員が操縦して、
敵艦に突撃する必死必殺の特攻兵器です。
その回天搭乗員の物語です。

真っ暗な回天の中で、たった一人で砂時計と懐中電灯を頼りに、
回天を操作し、敵艦にぶつけて自らも回天と共に逝く…
過酷な任務であり、悲しすぎる最後であります。

一度回天に乗り出撃したら、
二度と生きて回天から出てくることは無いわけです。
『出口のない海』というタイトルがズシリときます。

回天とは
『天を回らし、戦局の逆転を図る』
という意味が込められているらしく、
当時の日本の悲壮感が伝わってきます。

そのような兵器に乗って出撃していく
回天搭乗員の心境がヒシヒシと伝わってきます。

理不尽な状況の中で
「諦めの境地」とでもいうのだろうか?
そのような心境に至っていくのは、とてもよく分かるなぁ…



武士道

武士道 (岩波文庫)武士道 (岩波文庫)
(1938/10)
新渡戸 稲造

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Bushido: The Soul of Japan
―― 「武士道はその表徴たる桜花と同じく、日本の土地に固有の花である。」

…すばらしい。
原文のサブタイトルのように、これは「日本の魂」に他ならない。
著者の新渡戸稲造(←D五千円券のおじさんです。あ、D券って普通の人は知らないかも…)
がキリスト教徒であるために、

キリスト教的なものであるとか、
本当の武士はそのような事をしなかった、
新渡戸稲造が作った武士道だ、

などと色々と言われてしまっていますが、
しかし、少なくともこの本は
すばらしい価値観を記したものであると思う。



個人的には、七章の『誠』と八章の『名誉』が印象に残った。


『信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である』
―第七章 誠 冒頭より―



嘘、偽りの無い真心…誠…
そう、やはり誠が無ければ、いけないのだ。

たとえ結果がどうなろうと、誠を貫かねばならない!

死に至る病

死に至る病 (岩波文庫)死に至る病 (岩波文庫)
(1957/01)
キェルケゴール

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― 死に至る病とは絶望のことである。

なんという過激なタイトル…
デンマークの哲学者セーレン・キェルケゴールの著書『死に至る病』です。
タイトルが過激過ぎです…死に至ってしまう病…絶望…
この本では、絶望した人の心理が哲学的に述べられています。
…というか絶望、絶望、絶望という言葉だらけです。
これは、読む方も相当な覚悟を強いられます。

訳が古いせいか、ちょっと文章が難しいです。
原典もかなり難しい文章で書いてあるのだとは思いますが。
内容もかなり難しいです…

一度読んで、感想を書いたのですが、
ココで間違って消してしまいました…
まぁいい機会なので、もう一度読み直してみたのですが、
読めば読むほど『う〜む』という感じです。

読んでみて感じたのはこの場合の『死』というのは、
精神的な意味での『死』とでは無いかと言うことです。

『肉体的な死』は確かに、悲しい事なのかもしれませんが、
しかし、それにより逃れがたいような、
肉体的な苦痛から逃れる事が出来るという点でみると、
"ある意味"では、それは『救い』に他ならないのではないだろうか。

しかし、死に至る病である絶望では、死ぬことが出来ないという
『精神的な死』が待っており、『精神的な死』では何一つ苦しみから
逃れることが出来ず『救い』とはならないということなのかな。

絶望しきってしまうと、死ぬことすら出来ないという事なのでしょう…
本の中では

― 死という最後の希望さえも遂げられないほど希望がすべて失われているのである。

と書いてあるし


著者のキェルケゴールはキリスト教圏の人なので、
キリスト教的な視点が多々入っている点は考慮するべきだと思います。

しかし、なんというか…
こんなに、読み応えのある本は久しぶりです。
マックス・ウェーバーの『宗教社会学論選』以来だなぁ。


あれも読み応えがあったなぁ…(×o×)